2016年11月22日 (火)

感涙の結婚記念日

娘と息子が、夫婦二人でのフルコースのディナーのプランをたててくれた。
息子の車での送迎付き
Img_0754
素敵な時間だった。
あっという間にデザート  
時間よ止まれ なんて思ったのは、主人と結婚前のデートの時以来
Img_0756
ドレスコードもあったけど たまには、おめかしするのも大事
非日常
肉料理の鴨肉 美味しくて美味しくて  すべてがありがたく 涙が溢れた。
Img_0759
サービスをしてくれる方も優しく 思いやりのある方々で 本当に温かい気持ちでいっぱいになった。
また、近いうちに 今度は家族4人で来れるよう 日々がんばろう!

2016年11月18日 (金)

日々大切に。

Img_0727
パートの仕事をし始めて、一ヶ月、目まぐるしく一日一日が過ぎていき、
それでも、社会の一員という実感がなんだか心地よく。
仕事が忙しい と 母の所に行く時間も短くなった。
昨日は、母の整形外科の定期検診だった。
代り映えしないだろうと あきらめムードであったが意外にも、骨がつく兆しが見えるとの事
詳しくは6週間後にCTを取って確認することになった。
足取り軽く 母を施設へ送り、仕事へと向かう。
Img_0720
いつまで、いくつまで、元気で生きれるんだろう。
折り返し地点、であることは間違えない。
市民マラソンに2度出場したことがあるから、わかる 折り返してからゴールまでが
辛い。
気持ちよくゴールするには、ひたすら、走り続けること。できれば笑顔で。
Img_0725
これからの人生 イライラするより楽しくいこうじゃないか。
みんなが居てくれてよかった。

2016年10月15日 (土)

目まぐるしく季節がいく

母の骨折の具合は、全くもって 進展もなく、骨は以前のまま繋がる気配もない。
骨折の日からもう3ヵ月
「つながることはもうないんじゃない」
と、いう人もいて そうなのか 時間が経てば くっ付くのが当然とおもっていたので
母も私も少々落胆している。
病院の先生が毎日 腹に注射するタイプの薬を勧めてくれたが
皆に効くとは限らず、その上 お値段も高額で 
かつ 母が毎日欠かさず注射をする手間を考えると 踏ん切りがつかないでいる。Img_0688
母の所へは 月、金、土 小一時間ほど滞在し、お茶を飲みながら 話しを聞く。
物忘れを 素直に受け止めず、うそ でその部分を埋めようとすることが
時々ありイライラする。
感情を抑えきれず、顔に出ているであろう。
うそ それが まるわかりであるとき、カァーと なってしまう。
強い口調で 母に「そんなことじゃない」「違うだろう」などと言うが
ふっと気づくと 静かに、うつむいている母がいて、またまた自己嫌悪。
Img_0692
10月になって
目まぐるしく、以前の お友達や知り合いからの連絡が入り、
縁あって、パートではあるが、働くことになった。
起業の道 に進路を取っていたけれど、いったん中断
もう少し、お金を貯める方向へシフトチェンジ。
たぶん 時が満ちていなかったんだろう。 と 思っている。
その時が来たら きっと。

2016年10月 5日 (水)

目標に向かって GO!

Img_0069
先日 市が主催の起業家セミナーを受けてみた
無料だったのが、受けてみよう という気にさせた。
 
自分の奥底にしまわれていた 自営業の夢が再燃。
資金や時間など問題は山積みだが、
自分なりに お金をかけずに 動いてみようと思う。
目標は来年初夏。
アジアンリゾート風
緑あふれる環境を活かし、癒される空間づくり と
地元食材を利用した 身体に良い料理を提供したい。
Img_0663_1
 

2016年9月27日 (火)

栗のお礼

我が家には大きな栗の木が二本ある
良い大きさにたわわに実りだすとワクワクするのだが
いざ、収穫してみると、ほとんど虫にやられていて、ガッカリとなる。
その中から、選抜組をよって、ご近所のお世話になっている方に持っていく。
と、いっても2軒で
一軒の方は渋皮煮になって帰って来た
もう一軒の方はピーマンをお返しにいただいた。Img_0654
ご自宅で収穫したものらしい 早速、晩御飯で頂こう。
ごま油で炒め、ポン酢と鰹節で仕上げ
嫌なことはさっさと忘れるよう この頃は心掛けていて
良いことまでキレイさっぱり忘れてしまいそうになるので、
して頂いたこと、嬉しかったことはこうしてブログで残していこう。
感謝の気持ちで。

2016年9月23日 (金)

栗と夫

Img_0644夫は 働き者だ 
身体が心配になるほどの。
平日の帰宅は大抵 22時すぎ、週末もゴロゴロはなし、ひたすらに家屋の補修、庭の整備
感謝感謝である。
夫のおかげで この理想郷で暮らすことが出来ている。
子供たちが小さいころから学校を卒業するまでは、2人で働いてきた。
 
第二の人生
残りの人生を2人で長く大切に生きていきたい。
Img_0629_2
今年も栗が沢山なってくれた。5個に1個の割で無傷。あとは虫にやられている。
すべてに感謝する気持ちを忘れずにいたい。
Img_0645
渋皮煮を美味しい美味しいと夫は食べてくれる。
なのに
ついつい 夫にそっけなくしてしまったり、イライラしてしまったり。
栗の皮をむきながら後悔の気持ちでいっぱいになる。
「いつもありがとう。」
今日は夫が帰ってきたら そう言おう。

2016年9月16日 (金)

移り変わり

 9月8日 母退院
 市を3つ4つ跨いでのF市にある住居型有料老人ホームへ入居
お互いの精神衛生上 それが もっとも良い選択と思われる。
でも、罪悪感が捨てきれない。
 
明るく新しい雰囲気の施設に母が長年愛用してきたテーブルや棚を運び込んだ。
自家用車での輸送は大変だったけど、それをかなり喜んでくれた。
不安でいっぱいこわばった顔していた母が「懐かしい」
と、家具を見て ほほ笑んだ。
 
自分の立場が分かっていてか、以前の自宅での転倒の悍ましい記憶を忘れたいのか、
自宅に帰りたいと 言わなくてくれるのが、救いである。
Img_0562我が家では、私の帰りを待っている 猫のゆきちが 癒しである。
 
母といると イライラしてしまう自分にモヤモヤしてしまう。
施設の介護職員の方々は仏様のような笑顔で母や私に接してくれる。
ありがたい。
自分の至らなさ、己を責める 。
茶太朗(柴犬)やゆきち(猫)が、居てくれてよかった。心の底から 思う。
Img_0589_3
早いもので、もう秋。
学生時代の夏休みのせいか、夏にやり残したことがあるような気がして仕方がない。
もう 20年近く 夏休みなしの生活なのに。
Img_0628_2

2016年8月22日 (月)

母 骨折 3

手術は全身麻酔で3時間ほどかかった。
その間一人待合室で待っていた。
全身麻酔が覚めるときの方が、気管挿管を外したり、本人の意識が混乱したりして、大変そうだった。
母は
何故、私はこんなことになったのか?ここは何処か?と頻りに訴え、吐き気や頭痛にも襲われていた。
そんな様子に動揺することもなく、テキパキと、流れるような動きで看護をしているナースの方々 心の底から 感謝と感心の気持ちでいっぱいになった。
Img_0322
母の骨折は
自宅二階のベランダで洗濯物を取り込んでいる時に起きたそうだ。
にわか雨で濡れていたベランダで足を滑らせて、大きく転んだ。
直後、しばらくの間、気絶していたようだ。そして 腰から下を引きずって 必死に 階段を下り 自ら119番通報したそうだ。 
救急隊の方々はこの地域が老人の一人暮らしが多いのもあり、手慣れた様子で、母に保険証の場所 財布の場所などを聞き 荷物もまとめて 搬送してくれた。
母はこの時の様子を毎回、語ってくれる。
私は またか。と思いながらも、うんうんと頷く。
Img_0544
話しを久々に我が家のことへと
寝室から
この家の中で一番好きな場所
二番目に好きな場所はこのテラス
今は娘の寝室になってしまっているが、明るくて緑がいっぱいで落ち着く場所
Img_0543
母の骨折話に戻って
術後の経過は良好
しかしながら、動きが制限されているためや、入院生活からか、認知症の症状が出ている
新しい記憶が刷り込まれなくて、何度も同じ話をしたり、聞いたり。
手術後間もないにもかかわらず 動こうとしたり、入院していること自体、分からない時もある。
一過性のものか、このまま認知症が進むか不明で、断定できるのは 一人暮らしが無理であるということ。
ましてや母の自宅は傾斜地に建っておって、結構な段数を登らないといけない。
退院後の不安がどっと押し寄せてきた。

2016年8月20日 (土)

母 骨折 2

私に連絡してきてくれたのは、病院のソーシャルワーカーの方だった。
今はそんなポジションの方がいるのだな~。なんて感心した。
患者やその家族の要望や今後の不安などに耳を傾け、親切にアドバイスしてくれる。
75歳になったばかりの母は 後期高齢者医療であること
役所で介護認定の申請をすぐにでも、した方が良いことなどなど
Img_0396
母の手術
右大腿骨骨幹部骨折骨接合術
主治医の先生がわかりやすく説明してくれ4日後に行うことになった。
ボキッと斜めに太ももの大きな骨が折れていてそれを金具で接いで止める 感じのようだ。
Img_0374
私の登場を待ってましたとばかりに 代わる代わる 看護師の方やら麻酔科の先生やら
サインを求めて来た。 と いっても手術の同意書である。
無事に手術が成功し、経過が良好ならば2~3ケ月の入院予定とのこと。
おしっこは管が繋がれベットサイドの袋にたまるようになっていて、足はテコの原理のような
砂袋で吊られて絶対安静で痛々しい。
早く手術が終わってくれ そう思った。
 

2016年8月18日 (木)

母 骨折 1

Img_0312新しい土地での新しい暮らし なにしようかな~なんて思いを巡らせながらのんびりしておったら、母が太ももの骨を折り緊急入院の知らせ。7月4日
 
母一人子一人 私が幼いころ離婚した母は、私を祖母に預けて、仕事に
仕事のうちであったのだろうが、夜は連日飲み歩き 休日は一日寝て過ごし、母と言うより父親だった。
そんな母が私は大嫌いで、高校卒業後、家を出た
結婚し、子供が出来ても、母のことは嫌いなままだった。
 
知らせを受け
沈んだ気持ちで病院に向かった。
車で片道 一時間弱ほどの道のり
一人っ子であることが こんな時 恨めしく
母親と縁を切っておけばよかった と、まで 思う。
Img_0220病院に着くと 母は脚を吊られて寝ていた。
いつもの刺々しさはなく、静かで、弱々しかった。
気の毒ななんとも言えない気持ちになった。
 

«引っ越しは無事に終わったものの

フォト
無料ブログはココログ